この度、私は「HONDA」の創業者である故本田宗一郎氏の自伝「私の履歴書」をベトナム語に翻訳し、出版することになりました。まず、この機会を与えて下さった大同生命国際文化基金、また、快く資料を提供してくださった本田家の皆様、本田財団に心から感謝申し上げ、出版のご報告をさせていただきます。

日本のみならず、世界に広く知られている通り、「HONDA」は個性溢れる魅力的な一流企業です。しかし、その「HONDA」の創業者である本田宗一郎氏と氏を支えた人々の奮闘、当時の日本の状況を知るベトナム人はほとんどいません。 数十年前、私がベトナムでその名前に出会った頃から、「HONDA」が、ベトナムでバイクの代名詞となるまでになったその背景に、このような物語があり、今日までその「信頼」の証であるブランドを築き上げてきた人々に対して、私は今あらためて賞賛せずにはいられない気持ちです。

私は、1970年に国費留学生として来日し、国連機関に17年勤めた後、起業して現在に至ります。
日本社会で仕事をするようになり、いろいろな企業人と接する機会がありました。零細企業から大企業に至るまで、その規模によりある種の特徴はあるものの、自分の会社に誇りを持っている人は、皆魅力的な人ばかりでした。
「会社に誇りを持つ」ということを、現在のベトナムではあまり理解されないかもしれません。それは、家族を養うため、自分の仕事を選ぶ余裕がないからというより、そのような魅力的な企業が、まだベトナムに存在していないからだと思います。戦後の日本に、なぜ次々と活力ある企業が生まれたのか。
私は、本田氏の本でその答えを見つけました。
「夢を持ち続け、それを共有することで団結し、夢を達成する喜び」「その仕事が社会に貢献しており、それを皆が認めてくれるという自信と満足感」それが、自分の所属する会社を誇りに思い、そして、社会全体を幸せにするということを。
また、本田氏の「夢」が「HONDA SPRIT」と呼ばれるまでになった根底に、『人間尊重』の企業理念があったことに、私は深い共感を覚えました。
差別や偏見を嫌い、目的を果たすためには相手が政府であっても戦う反骨の精神。公私混同を避け、成功してからも一介の技術者であろうとした気概。そして、引退の潔さ。
リーダーとしての数多くの教訓が、「本田語録」として書かれています。
今の経営者たちの多くは、「時代が違う」と言うでしょう。
しかし、今これから創業期に入ろうとするベトナムに、本田氏の生き方、考え方、当時の日本を紹介することは、非常に価値があると思います。

ベトナムは、戦後多くの困難を乗り越え、ようやく世界経済の枠組みに参加できるようになりましたが、近年の世界規模のグローバル化は急速すぎて、新たな難問を次々と生み出しています。そのような中、世界で輝かしい成功を収めた「HONDA」にも「始まりの時代」があったという当たり前の事実が、ベトナムの若い企業家に勇気を与え、努力し続けることを躊躇しないよう、決してあきらめないよう本田さんが叱咤激励して下さっているように思えるのです。
そして将来、世界に誇れる「made in Vietnam」が生まれたら、どんなに嬉しいことでしょう。
最後まで求心力を失わず、死後も愛され続ける本田宗一郎という人物の魅力に、私も取り付かれてしまったようです。

「夢を達成することを喜び、社会全体の幸福を追求する」
わたしは、企業の存在価値を高めるのは、その根底に確かな企業理念の哲学がなければならないということを学んだ一方、そのような企業が世界で勝ち残ることに希望を覚えます。
40年近い日本での生活と経験を振り返り、多くの出会いとさまざまな出来事がありました。私自身が今「私の履歴書」を執筆された本田氏の年齢になるにあたり、深い感慨を覚えると共に、今年が本田氏の生誕100年の記念すべき年に自叙伝の翻訳をベトナムで出版できることをとても嬉しく光栄に思います。正直なところ、半世紀近く前の日本の言葉や習慣、背景の文化を、ベトナム人に理解できるように訳すのは大変困難で、当初の予定を大幅に超えて翻訳に2年半もかかってしまいました。私は、頭の中で何度も本田氏と対話し、ふさわしいベトナム語を探しました。妻や友人、会社のスタッフなど多くの人々の多大な忍耐と協力でこの本は完成しました。彼らは、「本を暗記してしまった」とさえ言います。しかし、この苦労ゆえに、この出版は、私にとっても大切な記念碑となりました。

そして、「HONDA」を生んだ「日本」を、私はこの本を通じてベトナムに紹介したいと思います。
美しく豊かな伝統文化を持つ日本という土壌から生まれた「HONDA」が、「世界のHONDA」に至るまでを紹介するのに、この本は大きな役割を果たすでしょう。この本には、日本人の意外な側面がユニークに語られています。私は、その手ごたえを感じています。すでに、身近な私の会社の社員や工員たちをはじめ、大学の教授、政府関係者、科学技術庁長官、首相、大統領にまでこの本のサンプルを送りました。読み終わった人は、大変興味深くおもしろかったし、人物伝として感動したと言ってくれました。
不要な摩擦や誤解を避けるためにも、経済だけでなく、文化面でもますます日越の交流を深めたいものです。
最後になりますが、皆様の益々のご発展を心からお祈り申し上げます。